シリア

シリア

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基本情報

国名 シリア・アラブ共和国(Syrian Arab Republic)
面積 18万5,180 平方 km(日本の約0.49倍)
人口 2,219万8,110人 (2010年推計)
首都 ダマスカス
言語 アラビア語(公用語)
宗教 スンニー派イスラム教 74%、 アラウィ・ ドゥルーズ・ その他のイスラム教分派16%、キリ スト教 (さまざまな宗派) 10%
通貨 1シリアポンド (#S) = 100 ピアストル
為替レート 1ドル=46.8599シリアポンド (2009年)
日本との時差 -7時間
ビザ
ビザ
入国には、ビザが必要です。
入国時に空港や国境での取得はできませんので、前もってシリア大使館、領事館で取得する必要があります。
トランジットビザ:
  1. 3カ月有効で何度でも入出国できる
  2. 3カ月有効で1回のみ入国できる

入国ビザ:
  1. 発行から6カ月有効で何度でも入出国できる
  2. 発行から6カ月有効で1回のみ入国できる

パスポート
6ケ月以上残存有効期間のあるもの。
旅券等にイスラエルへの入国記録があると入国できません。

※ビザやパスポートなどの情報は予告なく変更されることがあります。
必ず、大使館、領事館などで確認してください。
国旗  
国際電話  

 
   
   
   

地勢・気候

地図
シリアは、地中海に面し、レバノンとトルコに囲まれている。面積は、185,180 平方 km。そのうち陸地は184,050 平方km。 ( イスラエルに占領されている1,295 平方 kmを含む。)
国境線:全長2,253 km、 イラク 605 km、 イスラエル76 km、 ヨルダン375 km、 レバノン 375 km、 トルコ 822 km
海岸線: 193 km
国際紛争: ゴラン高原は、イスラエルに占領されている。1976年10月よりのレバノン北部へのシリア軍駐留。
気候: 大部分は砂漠である。沿岸部は暑く、乾燥し日ざしの強い夏(6月〜8月)と温暖で、雨の多い冬(12月〜2月)。ダマスカスでは、寒い時期には定期的に雪やみぞれが降る。
ダマスカスの気温・降水量
地形: 主に乾燥した砂漠状の高原。沿岸部は狭い平地。西部は山。
天然資源: 石油, 燐酸塩、クロムおよびマンガン鉱石、 アスファルト、 鉄鉱石、 岩塩、 大理石、石膏
:ゴラン高原のイスラエル占領地には42のユダヤ人入植地と使用している土地がある。 (1994年8月)

政治

正式名称シリアアラブ共和国
(英語:Syrian Arab Republic/アラビア語 Al Jumhuriyah al Arabiyah as Suriyah)
以前は、エジプトとアラブ連合共和国を作っていた。
政体:軍事体制による共和制
首都:ダマスカス
行政区分:14の地域に分けられている。
独立: 1946年4月17日 (フランス統治の国際連盟委任統治領から)
憲法:1973年3月13日
司法制度:イスラム法と民事法
投票権:18 歳以上の国民
元首: バッシャール・アル・アサド大統領(2000年7月就任)
行政府
政府の長:首相 ムハンマド・ナージー・オトリー(2003年9月就任)
立法府: 一院制 250議席 任期4年
人民評議会 (Majlis al-Chaab)
最近の選挙は2007年4月22〜23日に行われた (次回は2011年)。
議席 (総議席250): ナショナル・プログレッシブ・フロント172、 無所属 78
政党およびその指導者
ナショナル・プログレッシブ・フロント:アラブ社会主義者復活者党(バース党)による一党支配
他の政党または圧力団体
バース党以外の政党は政治的な影響力をほとんど持っていない。共産党は影響力はない。保守的な宗教指導者。ムスリム同胞団は1982年の死者1万人とも言われるハマ暴動以来、弾圧されている。

■軍事

軍事費: GDPの5.9%% (2005年推計)
徴兵制が敷かれており、男子は兵役義務がある

経済

概況
1990〜93年、シリアを支配するバース党による経済運営は湾岸戦争、石油生産の増大、好天候、不安定な世界経済により、好調だった。経済成長はざっと平均10%に上った。
また湾岸戦争によりシリアは、アラブ諸国、ヨーロッパ、日本より思いがけない50億ドル近い援助を得た。
しかし、1990〜93年の好景気による利益は、平等に分配されず、金持ちと貧乏人の格差を広げる結果となった。全国的な金融スキャンダルと増大するインフレーションは、1994年のGDP成長率を4%に落とした。
いまだ多くの低い生産性の国営企業は、シリアの経済に負担をかけている。 石油生産は、10年後には、急激に減少するだろう。
シリアの顕著な国家統制的経済は、政府が広範な経済改革に失敗したため、不安定さを増している。
主要な産業である農業は開発が不十分である。約80%の農地が未だ雨による水に頼っている。
シリアには通常の降水量でまかなえる十分な水の供給量があるが、主要な水の供給地と人口稠密な都市の間の距離の大きさが水の分配に難しい問題を起こしている。 水問題は、急速な人口増加、工業発展、水汚染の増加によって悪化している。 民間資本は、農業、エネルギー、輸出部門での近代化に批判的である。
石油生産は横ばいであり、国際市場へ浸透しようとした非石油部門の努力は達成されていない。 シリアの不十分なインフラ、旧式の技術基盤、弱い教育システムのため、将来的には衝撃に弱く、イスラエルやヨルダンのような隣国との競争を妨げるだろう。
GDP(MER): 525億2,400万ドル (2009年:IMF)
一人当たりGDP(MER):2,578.817ドル (2009年:IMF)
GDP(PPP): 995億4,400万ドル (2009年:IMF)
一人当たりGDP(PPP):4,887.371ドル (2009年:IMF)
国内総生産実質成長率:3.994% (2009年:IMF)
インフレ率(消費者物価):2.545% (2009年:IMF)
失業率::8.5% (2009年推計)
国家予算(2009年推計)
歳入:98億2,600万ドル
歳出:136億9,000万ドル
輸出:117.6億ドル (2009年推計)
商品:原油、鉱物、石油製品、果物や野菜、綿繊維、織物、衣類、肉・家畜、小麦
相手国: イラク30.22パ%、レバノン12.21%、ドイツ8.89%、エジプト6.8%、サウジアラビア5.04%、イタリア4.55%(2009年)
輸入:126.2億ドル (2009年推計)
商品: 機械、輸送機器、電気機械、食品や家畜、金属および金属製品、化学薬品、化学製品、プラスチック、糸、紙
相手国:サウジアラビア10.1%、中国9.95%、トルコ6.97%、エジプト 6.44%、アラブ首長国連邦4.97%、イタリア4.93%、ロシア4.92%、ドイツ4.38%、レバノン4.12%(2009年)
対外債務:73億5,900万ドル (2009年推計)
発電量:36.5 億 kWh (2007年推計)
産業:石油、繊維、食品加工、飲料、タバコ、リン鉱石の採掘、セメント、粉砕油糧種子、自動車組立
農業:GDPの18.5%、労働力の17%を占める。
小麦、大麦、綿、レンズ豆、ヒヨコ豆、オリーブ、テンサイ、牛、羊肉、卵、鶏肉、牛乳
通貨: 1シリアポンド (#S) = 100 ピアストル
為替レート:1ドル=46.8599シリアポンド (2009年)
交通・運輸
鉄道: 全距離:1,998 km
主要道路(1996年推計)
全距離 40,480 km
舗装:9,310 km (高速道路8660 kmを含む)
未舗装:31,170km
通信
電話:541,465台(1992年推計)
ラジオ局: AM 9, FM 1, 短波 0
テレビ局: 17

歴史

16〜18世紀
シリアは1516年からオスマントルコの支配下にあった。
19世紀
19世紀に入るとオスマントルコ支配下のヨーロッパの各国が独立闘争を始め、次第にトルコの領土は減っていった。
20世紀
第一次世界大戦でトルコはドイツ側につき敗北した。
第一次世界大戦後、シリアはレバノンとともにフランスの委任統治領となった。
1920年、一方的にフランスに譲られた事に対して、シリアでは大きな噴飯が起こった。フランス人にとっては、シリアーレバノン委任統治領はさほど幸運なことではなかった。第二次世界大戦の間、フランスはシリア、レバノンの独立に同意した。
1946年4月17日、シリアは独立した。
いくつかの軍事クーデターなどの政治的不安定な時期の後、1954年、陸軍内のバース党が権力を得た。
1958年エジプトとアラブ連合共和国を結成したが、1961年、シリアは脱退し、元のシリアアラブ共和国に戻った。
1960年、61年、63年と軍事クーデターが相次ぎ、権力者が交替した。
1966年、バース党が権力を取り戻した。
しかし、1967年イスラエルとの六日間戦争によりゴラン高原を占領され、1970年、ヨルダンのブラックセプテンバーによる損失で弱体化した。この時、国防相であったハフェズ・アル・アサドがクーデターにより権力を握った。
1976年、シリアはレバノンに軍事介入した。これは、レバノンのマロン派キリスト教徒勢力と敵対しているイスラム教徒左派とPLOを攻撃するためだった。
ムスリム同胞団は、このレバノンへの軍事介入に反対し、アサド政権へ敵対した。
1982年、ハマにおいてムスリム同胞団の大規模な暴動が起こった。暴動より内戦と言ってよいかもしれない。このときの死者は、一万人とも言われている。
1987年より、レバノン政府の要請によりシリア軍がレバノンに派遣され、駐留している。
1970年よりアサドは権力を保持し続けている。
1992年、アサドは99.9%の信任を得て4期目の大統領に再選された。アサドはバース党主導の連立政権を通じて国内を統治している。
シリアはソ連の軍事援助により体制を保っていたが、ソ連の崩壊により、西側諸国、特にアメリカへの接近を図った。湾岸戦争はその最高の機会だった。多国籍軍への協力の見返りとして、シリアはアメリカのテロリスト支援国のブラックリストから外された。
シリアは、中東アラブ諸国の中で、イスラエルに対抗する軍事力を持った国である。シリアとイスラエルの和平交渉がイスラエルとアラブ諸国の関係で最大の比重を占めている。
パレスチナ自治開始、ヨルダンーイスラエルとの国交回復に続き、シリアはイスラエルとの和平交渉を現在アメリカで行っている。

人々

人口:2,219万8,110人 (2010年推計)
人口構成: (2010年推計)
年齢 構成比 女性 男性
0-14 歳 36.4% 3,864,099人 4,063,367人
15-64 歳 59.9% 6,406,864人 6,628,644人
65 歳以上 3.7% 427,832人 372,172人
人口増加率:1.954% (2010年推計)
出生率: 1,000人あたり24.44 人 (2010年推計)
死亡率:1,000人あたり3.7人 (2010年推計)
乳児死亡率(1歳以下): 出生1,000あたり16.14 人 (2010年推計)
平均寿命 (2010年推計)
全人口 男性 女性
74.46歳 72.1歳 76.96歳
民族構成: アラブ人 90.3%, クルド人、アルメニア人、その他 9.7%
宗教:スンニー派イスラム教 74%、 アラウィ・ ドゥルーズ・ その他のイスラム教分派16%、キリスト教 (さまざまな宗派) 10%、 ユダヤ教(ダマスカス、アル・カミシュリ、アレッポに小さなコミュニティがある)
言語:アラビア語(公用語)、クルド語、アルメニア語ほか。フランス語は広く理解される。
識字率(15歳以上) (2004年ensus)
全人口平均 男性 女性
79.6% 86% 73.6%
労働力: 538.2万人 (2009年推計)
職業(2008年推計)
農業 製造業 サービス業
17%/td> 16% 67%

地図

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